ズートピア

 鬼嫁猫は擬人化された動物が困難を克服する系の映画(例:ディズニー映画)を見たがる。動物達が苦労している様を、コーラとポテトチップスを片手にゲラゲラと笑って見るのである。端から見ていると地獄絵図であるが、本人はひどく楽しそうである。

 先日は「ズートピア」という映画を見た。ウサギがきつねと協力して調子に乗っている羊に鉄槌をくらわすという物語である。一般には、「子供用アニメと見せかけて、実はアメリカ社会を風刺したとても深い作品なんですよ。」と評されているらしいが、鬼嫁猫としては、そんなことはさておき、あれだけ多くの動物が登場していながら「猫が登場していない」ということがひっかかったようであった。

 なるほど鬼嫁猫は、猫の一味として、人間にも動物にもなれないという猫の悲哀を感じたのかもしれないなどと感心し、「おそらく猫は人間サイドの動物ということで登場していないのでは?」と意見した。

 すると、「ちゃう。猫が出てしまうとどうしても主役級になってしまうから登場していないんや。猫は他の動物とは格が違うから脇役にはできひん。」と返ってきた。どこまでも自分が好きなやつである。

 「しかし、百獣の王ライオンは出ている。」というと、「ライオンはでかいだけで、人気でいえば猫が圧倒的や。次が犬や。犬はあともう少し。」という。

 ライオンも同じネコ科の仲間であるのに「でかいだけ」とはライオンにあまりに失礼である。また、犬はおそらく動物界随一の人気者と自負しているものと思われ、それには一定の合理性もある。自意識過剰ではない。

 それでも鬼嫁猫は「猫にまつわる映画はよく作られているけど、ライオンにまつわる映画はライオンキングくらいや」という。

 「一つであっても、ライオンキングは相当インパクトあるぞ。大体、犬の映画はいっぱいある。猫よりあるかもしれん。」というと、「でも子犬と子猫では子猫の方がかわいい。」という。

 偏見である。子犬もかわいい。ちなみにライオンの子どももすごいかわいい。

 「なんで子猫の方がかわいいんや?」と聞くと、「うるせー(にゃ)」と猫パンチを繰り出してきた。こんなヘボパンチ、かつてボクササイズをやっていた私には全てお見通しであり、これをかわすことができた。しかし、カウンターパンチはしない。真に強い者は、非暴力不服従なのである。

リアルボスとの面談

 鬼嫁猫は仕事が得意ではないらしい。そのため、半年に一回行われる上司(以下「リアルボス」という。)との面談にはひどく怯えている。

 鬼嫁猫が働いている会社では、従業員がそれぞれお互いに評価しあうアンケート用紙が配られ、面談ではアンケート結果をもとに今後の改善点や成績が伝えられることとなっている。前回の面談では、「ぼおっとしている。」「仕事がトロい」などといった声があると伝えられるとともに「Bマイナス」との成績がついたため、鬼嫁猫は思わず泣いてしまったらしい。しかも相当程度の号泣であったとのことである。その日は自宅に帰っても引きずっており、ソファーの上で背中を丸めながらうつむき、わんわんと(にゃーにゃーと)泣いていた。

 それは通常時の鬼嫁猫とあまりに違いすぎる姿であり、内弁慶猫であることをまざまざと表していた。

 そもそも日頃から「あんた、人生で一番大事なのは掃除やで。仕事やないで。」が口癖の鬼嫁猫(内弁慶猫)であるから、仕事で少々評価が下がったくらいでどうでもよいはずではないかと思ったが、そのような理屈を述べても意味がないので口をつぐんだ。

 よくよく思い返してみれば、鬼嫁猫は、これまで家庭内において最強の地位を築いてきたものであるから、防御に慣れていないのも当然である。天才的なボクサーは普段パンチをくらう機会が少ないため、一度パンチを食らうと脆いと聞く。そういうことかもしれない。

 その後、鬼嫁猫はときたま当時の面談のことを思い出しては「三十路にもなって人前で泣いてしまうなんて格好悪い。」といい、「なにか泣かずにすむ方法はないか。」と日々策を練るようになった。

 私も面談で泣かずにすむ方法について鬼嫁猫からよく相談を受けるので、色々と提案してみた。「鬼瓦のような顔をして面談室に入室してみたら気持ち悪がってすぐ面談が終わるのではないか」とか、「リアルボスの話を聞き流しておいて、どうやら叱られているようだぞという雰囲気になったら、とりあえず大声で『かしこまりました。今後気をつけます。ご指導ありがとうございました。』と言って退室の流れを作るのがよいのではないか」とかである。

 しかし、どれも鬼嫁猫の決裁が下りない。

 「真面目に考えろ」と蹴りを入れられるのである。それなりにいいアイデアだと思うし、180㎝の男(私)に蹴りを入れる女子が面談で泣くというのがどうにも信じがたいのであるが、とにかくあまりよい解決策ではないらしい。

 そうこうしているうちに今期の面談の前夜となった。危険を察知して私が遅く帰宅すると鬼嫁猫は珍しく夜更かしをしており、「明日のジョー」が灰になったシーンのようにソファーにうなだれて座っていた。話しかけると蹴りを入れられそうであったので、私はそっと寝室に行き静かに寝ることとした。

 面談の日の朝、鬼嫁猫は「いいこと思いついた。」と言う。人が「いいこと思いついた」という時は大抵がいいことを思いついていないというのは世の常であるが、そんな野暮なことを言うようでは鬼嫁猫の夫は務まらないので、とりあえずアイデアを聞く事とした。

 聞けば、腹痛のふりをして面談室に入室すればリアルボスも叱る気が失せるだろうということである。。。鬼瓦のような顔をして面談室に入室するという案と大差ないように思われる。しかし、鬼嫁猫は「これしかない」といった悲痛な面持ちをしているので、「それはナイスアイデアや」と言ってあげることとした。それを聞くと鬼嫁猫は軽くうなずいた。自信を深めたようである。カバンを持つもつと颯爽とドアを開けて出勤した。

 昼頃、鬼嫁猫からラインで「面談は特に怒られることなく平和に終わったよ。よかった。」とのメッセージが送られてきた。それは、私にとっても平和な生活が訪れることを意味している。

家事分担表

 私は、1人暮らしをしていた頃、あまり家事をするタイプではなかった。そして、結婚をすれば家事はさらにほとんどしなくなるのであろうと思っていた。

 しかし、当初の予定とは異なり、私は結婚して以降の方が家事をしているように思われる。なぜそのようになったかというと、我が家は「家事分担表」なるものに基づいて運営されているからである。

 「家事分担表」は、ある日、私が家に帰ると突如としてテーブルの上に置かれていたものである。聞くと、家事の公平分担の観点から、鬼嫁猫が作成したとのことである。

家事分担表は、縦軸に、朝食の用意、床掃除、ゴミ捨て、洗濯機を回す、洗濯物を干す、夕食の用意、洗い物、風呂掃除・風呂入れる、ふとんクリーナーなどといった家事の項目が記載されており、横軸に、各項目の負担の程度を示す星(☆)と、担当者名(私or鬼嫁猫)が記載されている。

 例えば、「朝食の用意」という家事項目の横には☆が2つと担当者名として私の名前が記載され、「洗濯機を回す」という家事項目の横には☆が2つと担当者名として「鬼嫁猫」の名が記載されている、という具合である。

 鬼嫁猫によれば「2人の☆の数の合計が同じになるように家事を分担した」とのことであるが、☆の数は鬼嫁猫が独断により決めたものであり、その内容はあまりに不公平である。

 なかでも、鬼嫁猫の担当となっている「洗濯機を回す」と、私が担当するよう記載されている「洗濯物を干す」がともに☆2つとされているのはどう考えても妥当でない。洗濯機を回すのはボタンを押すだけであるのに対して、洗濯物を干すのは、既に干してある洗濯物を取り込んだ上で、新たな洗濯物を乾くように広げて干すという高度な作業であり、雲泥の差である。

 したがって、私は「洗濯物を干す」については☆を4つにするよう抗議した。

 しかし、鬼嫁猫は、「それであれば、ふとんクリーナーの☆を2つ減らす。(ふとんクリーナーの担当は私と記載してある。)」といって聞かない。このようなむちゃくちゃな反論を表情を変えずにできてしまうあたりが末恐ろしい。

 そもそも、「ふとんクリーナー」の☆の数は3個となっているが、☆3つというのはふとんクリーナーの大変さに比してかなり少ないといえ、これから☆を2つも減らされて☆が1つというのはあまりに不合理である。

 「洗濯機を回す」というボタンを押すだけの作業(鬼嫁猫担当。☆2つ。)よりも、「ふとんクリーナー」というふとんを何回もひっくり返しながらダニと格闘する作業(私の担当。☆1つにされかけている。)の方が、負担が小さいわけがないのである。

 しかし、鬼嫁猫は「『洗濯物を干す』を☆4つにするのであれば、『ふとんクリーナ―』の☆を1つにする。それが嫌であれば、『ゴミ捨て』(私の担当)と『風呂掃除・風呂入れる』(鬼嫁猫担当)」の担当を変更する。」という。

言っていることはよく分からないが、次々と和解案を提案するとはなかなか曲者である。

 「風呂掃除・風呂入れる」の担当が私となってしまうと、私の帰りが遅い時に鬼嫁猫が風呂に入ることができず不機嫌となるのが目に見えている。「『風呂掃除・風呂入れる』の担当は鬼嫁猫でお願いしたい。」、さらに「ふとんクリーナーは☆5つである。」と応戦した。

 鬼嫁猫はしばらく黙り込み、「シー。シー。」と謎の音を発し出した。これは警報のようなもので、この音が鳴り出すともれなく鬼嫁猫は不機嫌になる。しかし、ここで引くわけにもいかないので「なにか1つ私の担当となっているものの担当を変更したい」と提案した。

 鬼嫁猫はキッ(ニャッ)と私を睨むと

「私を不機嫌にさせるんか。」

と言い残し、くるっと向きを変えて風呂場に向かって歩いて行った。“かなり怒っている”ということを示しているようだ。

 しばらくすると、鬼嫁猫は風呂から上がってきた。タオルを頭にぐるぐると巻いて顔を大きく見せ、威嚇しているようである。鬼嫁猫は冷蔵庫を開けてコーラを取り出し、一口飲むと「とりあえず、しばらくこの表のとおりやってみるで。練習や。」と言った。

 「練習」の意味するところが不明瞭であるが、刃向かえば鬼嫁猫がシーシー音を発し出すのが目にみえていたので、やむなく私は家事分担表を承認することにした。

 それ以来、私は洗濯物を干し続けている。

趣味ーコカコーラ

 鬼嫁猫はコーラが大好物である。なかでも好きなのはコカコーラのダイエットコーラである。

 風呂から上がると、頭にタオルを巻いたまま、グラスに氷を5、6個入れてコーラを注ぎ、レモンを少しだけ絞ってクーと飲むのである。確かに、庶民(猫)の幸せとはこういうものであろう。

 そういう次第で、鬼嫁猫は、いかなる状況においてもコーラを欠かかすことのないよう手配している。近くのスーパーに行った際には必ずコーラを買うし、インターネット経由でもコーラを買う。大量のコーラを手に入れてはせっせと冷蔵庫に入れて保管し、それを眺めて「ひっひっっひ」とほくそ笑むのである。コーラで冷蔵庫を一杯にしたいというのが鬼嫁猫の野望なそうで、色々あるが今のところ日本は平和である。

 厄介なのは、鬼嫁猫は腹周りの肉を気にしているのか、必ず半分ほど残すことである。しかも、次の日には新品のコーラを飲んだりする。「まだ前のが残っているぞ」と私が言ってもどこふく風、「へーん」とかいう謎の音を発して新品を開けてしまう。

おそろしい生き物である。 

 しかし、気の抜けたコーラほどまずいものはない。半分だけ残したコーラのペットボトルが何本も冷蔵庫に置かれている様は目を覆いたくなる惨状である。私からすれば飲み干さないのであれば捨ててほしいのであるが、鬼嫁猫は味覚が猫サイドに寄っているのか特に気にならないようであり、3日もすればいつのまにか飲み干されている。たいしたもんだ。

趣味ー温泉

 私はできることなら海外旅行に行きたい派だが、鬼嫁猫は断然国内旅行派である。曰く「海外はもう飽きた」とのことである。

 しかし、鬼嫁猫は滋賀県生まれ滋賀県育ちであり、帰国子女ではない。念のため、その真意を聞いてみたところ、子供の頃に両親にヨーロッパを何カ国か連れて行ってもらったことがあるということである。

 パイロットやCAが海外にもう飽きたと言うなら分かるが、単なるツアー旅行の参加者が「海外はもう飽きた」と迷いなく言う様は圧巻である。

 鬼嫁猫は国内旅行の中でも、温泉旅行を好む(猫は一般に水に濡れることを嫌うと聞くが、鬼嫁猫の場合にはこの限りではない。)。そして、旅行先では特になにもしない。旅館に着いたら、お風呂に入り、ご飯を食べ、寝て、もう一度お風呂に入り、ご飯を食べて、最後にもう一回お風呂に入って寝る。何もしない贅沢な時間、というやつを体現しているらしい。

 何を言っているのかよくわからないが、私もだらだらするのは大好きなので、この点は利害が一致する。

将棋 終盤

 こうして、たまに将棋をやれば、鬼嫁猫と私の立場を逆転することができるかもしれない、たしか羽生先生のライバル森内永世名人も「覆す力」というタイトルの名著を記していたはずである、などと考えていると、鬼嫁猫は部屋の両隅を指さした。部屋の両隅には誰かが鼻をかんだティッシュが落ちている。

 「あんたは『角』や」。

 「角」というのは斜めであればいくらでも進むことができる駒である。要するに、斜めに進んでティッシュを拾って捨ててこい、ということのようだ。

 「角」は「飛車」の次に強い駒であり、その点はなかなか光栄であるが、ティッシュを拾うのもめんどくさいので、「あんたも『角』や」と言ってみることにした。

 すると鬼嫁猫は「私は『金』や」と言って動こうとしない。守りの要、金。なかなかいい駒をいいよる。しかし、ティッシュまでは2マス以上あり「金」では拾うことができないようだ。盤上とは異なり相当手強い。ひとまず今回は私がティッシュを拾うこととした。

将棋 中盤

 家に帰ると、鬼嫁猫相手に将棋を指してみることとした。

 予想どおりというかなんというか、鬼嫁猫は非常に弱い。弱すぎる。目のまえに出されたエサ(駒)にすぐ飛びついてしまう様はまさに猫である。あっという間に鬼嫁猫の駒をほとんど手中におさめることができた。

 すると、鬼嫁猫が、おもむろに、こちらの「王」の前に置いてある「歩」の前に、自身の「歩」を置いてきた。私の「歩」で鬼嫁猫の「歩」をとってしまえばいいだけの、訳の分からない手である。

 鬼嫁猫の「歩」をとろうとした矢先、鬼嫁猫が鋭い視線を送ってきた。「『歩』をとったらあかんで。」。

 鬼嫁猫が暴れ出すと困るし、近くには「金」もあるので一度は見逃してあげることとした。鬼嫁猫は「えらいぞ」という謎の上から目線で、自身の「歩」で私の「歩」をとり、「と金」と成った。王手である。しかし、私の「金」がその横にあるので、その「金」で「と金」をとれば済む話である。それ以上の仕掛けもない。

 私が鬼嫁猫の「と金」をとろうとした矢先、今度は鬼嫁猫が「こういうのは新人に勝たせなあかんで」と言ってきた。

 「こういうのは」の意味するところが全く不明であるが、目は真剣である。しかし、私は子供相手にも勝てる試合は勝ちきるのが礼儀だと考えているので大人の鬼嫁猫の主張など一蹴し、鬼嫁猫の「と金」を奪った。鬼嫁猫の不満げな表情は見ないこととして盤上のみに集中し、その後は思うがままに駒を進め、まもなく勝敗がついた。