将棋 序盤

 最近、私は将棋にはまっている。将棋は、子供のころに友人にコテンパンにされて以来、20年近くやっていなかったが、先日、何の気なしに「森田将棋」という将棋アプリをインストールしてやってみると、これがめちゃめちゃおもしろい。

 いつまでたってもレベル1のコンピューターに勝てないので、定石を学ぼうと思い、鬼嫁猫を連れて図書館に行ってみた。図書館には、私でも知っている天才棋士羽生善治の著書がいくつかあり、その中に「羽生善治の将棋を始めたい人のために」というタイトルの本があった。

 さすが100手以上読むと言われている天才集団の中でもトップに君臨し続けている羽生先生、私のような民の心境など完璧に読んでいる。借りることにした。

 私の用事が済んだので鬼嫁猫を探してみると、やはり料理関係の書籍があるコーナーにいた。鬼嫁猫の行動指針は基本ごはんしかないので、1手先しか読めない私でも鬼嫁猫の行動範囲は容易に推測できる、今回は和食の本を読んでいるようであり、やや将棋にインスパイアされた様子である。

平日の朝 つづき2

 私は、毎朝、NHKのテレビ小説を見ながら、朝ごはんを食べることにしている。

 一方、鬼嫁猫は、早々に朝ごはんを食べ終え、

「もうすぐ洗濯物来るで。」(鬼嫁猫が洗濯機から洗い終えた大量の洗濯物を抱えてきてソファーにぶちまけることの予告。それがなされた後には、私は洗濯物を干さなければならない。)、「ぼおっとテレビ見てたらあかんで。そろそろひげを剃るんや。」(鬼嫁猫にはタイムキーパーとしての自負がある。)、「床拭きプリーズ。鼻がムズムズする。」(鬼嫁猫は視覚よりも嗅覚重視である。)などと次々と指令を繰り出してくる。

 NHKのテレビ小説の放送時間は15分間とそう長くないものであるから、私としては最後まで見終えてから動き出すこととしたいところである。しかし、鬼嫁猫の指令を無視し続けていると、鬼嫁猫は、白目を剥きながら「シー。シー」という謎の音を発し始める。こうなってくるとひどくおそろしいので、やむなくテレビを見るのを切り上げ、洗濯物を干し、床を拭き、朝ごはんの食器を洗い、ゴミを捨てる、といった一連の作業を行うこととしている。これら作業をきちんと行うことによって、シーシー音はだんだんとおさまっていく。

 全作業を終了すると、鬼嫁猫はニターと笑って「えらいで。さすがや。」という。私のことを褒めて伸びるタイプと認識している点は鋭いといわざるをえない。

 ひと通り私の成果が称えられた後、鬼嫁猫は「そろそろ出ないと間に合わない」などとゴニャゴニャいいながら出勤体勢を整えて出かけていく。

平日の朝 つづき1

 鬼嫁猫はひととおりドライヤ―をかけて満足すると、芝生色のソファーに座り、朝ごはんを食べ始める。鬼嫁猫は、果物→パンの順序で食べるのがお決まりであり、果物を最重要視しているようである。鬼嫁猫によれば、まだ自身が小さかったころにお父さんがよく果物を切ってくれていたとのことであり、これがいい思い出として脳裏に焼き付いているためと思われる。

 果物の件に限らず、鬼嫁猫の父は、その世代の日本男児では考え難い優しさとマメさをもって温かな家庭を築いてきたようである。鬼嫁猫の父のことを、ここでは、敬意をこめて「ビッグキャット」と呼ぶことにする。

 鬼嫁猫は、ことあるごとに、昔はよくビッグキャットが果物を切ってくれたという話をして私の様子を窺ってくるのであるが、そのような策に屈する私ではない。ビッグキャットはビッグキャット、私は私である。鬼嫁猫の方も今のところは経過観察をしているようであり、せっせと果物を切っては冷蔵庫に入れておいてくれる。私はそれを冷蔵庫からリビングのテーブルに運ぶだけであり、この点においては私の方がやや優勢である。

平日の朝

 鬼嫁猫は朝7時半頃に起きる。

 起きたらすぐに私を起こしにくるが、その起こし方は一般的な猫のようにかわいらしいものではなく、私が起きるまで延々と肩にパンチをし続けるという執拗なものである。パンチをされている間、私の体は横揺れ状態となっているので、船酔いの夢を見ることもしばしばである。

 鬼嫁猫が私を起こす理由はただ一つ、朝ごはんの用意をしろ、ということである。私がなんとか力をふりしぼって起き上がると、鬼嫁猫は、矢継ぎ早に、「梨とパン」、「トマトジュースを温める。プラス(+)チーズ付きパン。りんごも。」などとその日のメニューを宣言し、洗面台に向かう。朝からオレ様猫様である。

 私は仕方がないので、リビングに向かう。そして、冷蔵庫の中から梨やりんごなどを取り出し、パンにチーズをのっけてトースターで焼き、紅茶用に水を沸騰させる。

 沸騰したら鬼嫁猫にドライヤーを使って構わない旨の合図を送る。鬼嫁猫は私の合図にうなずくと、いつになく真剣な眼差しでドライヤーをかけ始める。寝ている間にハネてしまった毛をまっすぐにしているらしい。

 ここまでが一区切りである。

睡眠(時間編)

 鬼嫁猫は毎日おそくとも夜10時半頃には就寝し、朝7頃半頃に起床する(9時間睡眠)。

 しかし、たまたま私の帰り時刻と鬼嫁猫の就寝時刻が重なってしまうと夜12時頃まで眠れないことがあるようである。

 そういう日の翌朝には、鬼嫁猫は「睡眠を妨害された。今日は8時間しか寝てないから不機嫌や。」などといって抗議をしてくる。

 私としては8時間も寝れば十分ではないかと思うが(口には出さない。)、一般の猫の平均睡眠時間が14時間であることからすると、そう理不尽なことを言っているわけではないのかもしれない。

睡眠(睡眠の質編)

 鬼嫁猫は睡眠の質を追及しているようである。

 そのため、冬場の鬼嫁猫は、上着をズボンの中に入れ、虎柄の靴下を履き、お腹にホカロンを貼るといった非常にダサい格好をしている。

 寒さ対策に成功した日は、仰向けに腹を見せて手足を伸ばして寝るか、横向きに手足をやや伸ばすといったリラックスした体勢で寝ている。 

 ところで、鬼嫁猫は、寝ている最中に目を覚ましたときには、おもむろにむくっと起き上がってあたりを見回す習性がある。緊張が走る瞬間である。私は即座にしゃがむなどして鬼嫁猫の視界に入らないようにする。視界に入ればパンチがとんでくるからである。所詮猫パンチなので私には効かないが、無用の争いは好ましくない。

 しかし、想定以上に寒い夜は、手足を丸め首をちぢこめるようにして寝ている。このような日は睡眠が浅く、起こさないよう要注意である。電気を消す音ですら目を覚ますことがある。

眠る前に・・・

 鬼嫁猫は、その名に恥じぬがごとく、あらゆるものを巣(ベッド)に持ち帰る習性があり、書籍、靴下、タオルなどに囲まれて眠りについている。

 その中でも鬼嫁猫お気に入りの品は書籍である。

 巣に持ち帰った書籍の多くは「みんなの朝ごはん日記」、「みんなの朝食日記」など朝ごはんに関するものばかりである。鬼嫁猫はこれらを“朝ごはん本”と呼んでいる。私が横から盗み見た限り、朝ごはん本には、おしゃれなブレッド、おいしそうな目玉焼き、ベーコンなどの写真が載せられており、その横や下には簡単な説明がつけられているようである。

 鬼嫁猫は毎晩寝る前に30分ほど朝ごはん本を読んでは、まるで目の前に朝ごはんが広げられているかのような恍惚の表情をしている。そのときに誤って電気を消そうものなら「なめんな(にゃ)」という声とともにパンチがとんでくる。もっとも、所詮猫パンチなので、かつてボクシングジムに通っていた私には効かない。

 鬼嫁猫は、毎晩、朝ごはんに関する研究を行っているわけであるが、かといって朝ごはんを作るというような野暮なことはしない。鬼嫁猫曰く、朝ごはんを作る担当は鬼嫁猫ではなく私にしたとのことである。

 解せぬところはあるが、ボスの言うことは絶対である。