リアルボスとの面談

 鬼嫁猫は仕事が得意ではないらしい。そのため、半年に一回行われる上司(以下「リアルボス」という。)との面談にはひどく怯えている。

 鬼嫁猫が働いている会社では、従業員がそれぞれお互いに評価しあうアンケート用紙が配られ、面談ではアンケート結果をもとに今後の改善点や成績が伝えられることとなっている。前回の面談では、「ぼおっとしている。」「仕事がトロい」などといった声があると伝えられるとともに「Bマイナス」との成績がついたため、鬼嫁猫は思わず泣いてしまったらしい。しかも相当程度の号泣であったとのことである。その日は自宅に帰っても引きずっており、ソファーの上で背中を丸めながらうつむき、わんわんと(にゃーにゃーと)泣いていた。

 それは通常時の鬼嫁猫とあまりに違いすぎる姿であり、内弁慶猫であることをまざまざと表していた。

 そもそも日頃から「あんた、人生で一番大事なのは掃除やで。仕事やないで。」が口癖の鬼嫁猫(内弁慶猫)であるから、仕事で少々評価が下がったくらいでどうでもよいはずではないかと思ったが、そのような理屈を述べても意味がないので口をつぐんだ。

 よくよく思い返してみれば、鬼嫁猫は、これまで家庭内において最強の地位を築いてきたものであるから、防御に慣れていないのも当然である。天才的なボクサーは普段パンチをくらう機会が少ないため、一度パンチを食らうと脆いと聞く。そういうことかもしれない。

 その後、鬼嫁猫はときたま当時の面談のことを思い出しては「三十路にもなって人前で泣いてしまうなんて格好悪い。」といい、「なにか泣かずにすむ方法はないか。」と日々策を練るようになった。

 私も面談で泣かずにすむ方法について鬼嫁猫からよく相談を受けるので、色々と提案してみた。「鬼瓦のような顔をして面談室に入室してみたら気持ち悪がってすぐ面談が終わるのではないか」とか、「リアルボスの話を聞き流しておいて、どうやら叱られているようだぞという雰囲気になったら、とりあえず大声で『かしこまりました。今後気をつけます。ご指導ありがとうございました。』と言って退室の流れを作るのがよいのではないか」とかである。

 しかし、どれも鬼嫁猫の決裁が下りない。

 「真面目に考えろ」と蹴りを入れられるのである。それなりにいいアイデアだと思うし、180㎝の男(私)に蹴りを入れる女子が面談で泣くというのがどうにも信じがたいのであるが、とにかくあまりよい解決策ではないらしい。

 そうこうしているうちに今期の面談の前夜となった。危険を察知して私が遅く帰宅すると鬼嫁猫は珍しく夜更かしをしており、「明日のジョー」が灰になったシーンのようにソファーにうなだれて座っていた。話しかけると蹴りを入れられそうであったので、私はそっと寝室に行き静かに寝ることとした。

 面談の日の朝、鬼嫁猫は「いいこと思いついた。」と言う。人が「いいこと思いついた」という時は大抵がいいことを思いついていないというのは世の常であるが、そんな野暮なことを言うようでは鬼嫁猫の夫は務まらないので、とりあえずアイデアを聞く事とした。

 聞けば、腹痛のふりをして面談室に入室すればリアルボスも叱る気が失せるだろうということである。。。鬼瓦のような顔をして面談室に入室するという案と大差ないように思われる。しかし、鬼嫁猫は「これしかない」といった悲痛な面持ちをしているので、「それはナイスアイデアや」と言ってあげることとした。それを聞くと鬼嫁猫は軽くうなずいた。自信を深めたようである。カバンを持つもつと颯爽とドアを開けて出勤した。

 昼頃、鬼嫁猫からラインで「面談は特に怒られることなく平和に終わったよ。よかった。」とのメッセージが送られてきた。それは、私にとっても平和な生活が訪れることを意味している。